• mikiynot

私のタコ先生

Updated: Dec 23, 2020

この映画のタイトル、もっと内容に沿った和訳ができるといいんですが、うまく表現できないですね。

このような直接的な訳だとコメディか??と思わせるタイトルになってしまいます。


ドキュメンタリー映画「My Octopus Teacher」を観ました。

日本人を含め、タコを食べる文化がある人たちは特に複雑な気持ちになるかもしれません。


むかーし、サッカーの勝敗を占うタコくんが話題になったことがありましたっけ。

個体差があるでしょうが、この映画のヒロインである、タコの知能に、舌を巻きました。状況を判断し展開するサバイバル対応が本当に見事。


映画のある事故で、タコが瀕死になる場面があります。カメラマンであり、物語のナレーターである彼は冷静にその場面を追っています。助けるべきか、自問する彼。観ている者は、彼と一緒にストーリーを追ってきた感情移入から、手を出すか、出さないか‥「自分ならどうする?」と問うてしまいます。ムズカシイ。


語り部であり、登場人物であり、撮影者である主人公は、自然ドキュメンタリーのカメラマン。「自然に干渉しない」というプロトコルは徹底して鍛えられ、頭に刻み込まれた鉄則なのですね。


ここで「タコ」に手を伸ばすと、タコに対しても、自然界に対しても、突然、神が奇跡を起こしたようになってしまう。


彼の判断が良かったのか悪かったのか、奇跡のような関係が、続くわけですが‥


最後に彼は、一緒にダイビングをするようになり海洋生物学に詳しくなっていく息子に対し、自然に向き合うにはいろいろ大切なことがあるけど何よりも大切なのは「優しさ」を持つことだよ、というのです。




この彼とタコの関係は、まるでサン=テグジュペリ「星の王子さま」の、王子とキツネの関係のよう。このタコは、自分とは全く違う奇態な生物(人間)を容認するようになる。毎日、規則正しく訪ねてくることに少しずつ期待するようになる。少しずつ、距離が縮まっていく。


「金色に輝くケルプを見ただけで、ぼくは君を思い出すようになる。ケルプ畑をわたっていく風の音まで、好きになる‥」


この映画のロケーションは、海岸近くに群生する昆布(ケルプ)のジャングル。木漏れ日に揺れ、生物の営みをおおらかに見守る様子は、あたかも海の小麦畑のよう。



おぼろげですが、キツネは確かこう言ったはず。


「毎日来てくれることで、オレは毎日、あんたがくるのを期待するようになる。同じ時間に、ああ、あんたがやってくるなって、少しずつ楽しくなってくる。でも、あんたは最初、ちょっと離れたところに座るんだ。そこから、ちょっとずつ近づいてくるんだよ。そしたら俺たちは、だんだん仲良くなれるかもしれない」


そうしてこのタコも、そこらじゅうにいる幾千のタコではなく、彼にとってただ1匹のタコになったのですネ。


「あんたがバラに特別な感情を持つのは、バラの花に対して時間を無駄にしたからだよ」と言うキツネ。


同じ潜水スポットに飽くことなく日参し続けた彼は、タコに対して時間を無駄にしたのかもしれません。

取り憑かれたようなその振る舞いは、ホントにタコのストーカーです 笑  


「タコ」の1生を見届けることで、ケルプの森を見守る特別な感情を育むようになった。タコが教えてくれたのは、私(タコ)はあくまで自然界の一部であること。


彼のなかに元々あった、自然に率直な姿勢が誘導したのでしょうか。タコを介して見えるようになったことがいっぱいあった。「木を見て森を見ず」ではなく、「木を見ることで、森『も』見る」ようになったのでしょうか。


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